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三遊亭円生 襲名問題

あらあら、まだ「三遊亭円生」の七代目襲名問題が持ち上がるの?

東京落語の大名跡「三遊亭円生」の七代目襲名に名乗りを上げていた、六代目円生門下の3人が3日、いずれも当面、襲名する意思がないことを表明し、人選は白紙に戻った。  今後は遺族の意向も踏まえて進められるという。  3人は、六代目円生の弟子の三遊亭円窓さん(74)と三遊亭円丈さん(70)、孫弟子の三遊亭鳳楽さん(68)。六代目の命日であるこの日の落語会で、会を企画した孫弟子の三遊亭円楽さん(65)が3人に意思を確認した。(読売新聞)


この記事自体ちゃんと取材していないでしょう。間違えております。断言できます。
なぜならば、私は落語好きで(落研ではない)寄席にも行くし
上記の師匠とも交流があり、
この件について、師匠から本当の事実を聞いたことがあるからです。



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「三遊亭円生」の七代目襲名問題は1979年に六代目三遊亭円生がお亡くなりになってから
何度も繰り返して、数年周期で浮き出てくる話です。

ぶっちゃけ、結論から申し上げますと、「三遊亭円生」の七代目襲名はありえません。

なぜならば、六代目円生の弟子の三遊亭円窓師匠(74)、三遊亭円丈師匠(70)、
孫弟子の三遊亭鳳楽師匠(68)の中で、ずーっと昔に、
「三遊亭円生は襲名しないで六代目で終わりにする」とご遺族との中で話合いが済んでいる
事柄なんです。

前回、この話題を私が聞いたのは確か、2011年の毎年8月に恒例だった東京都台東区谷中にある
全生庵での「円朝祭り」の頃でした。
「円朝祭り」とは一言で言うと落語のお祭り。
その翌年からは、諸事情で「円朝祭り」は残念ながら無くなりましたが・・

また、六代目円生の弟子の三遊亭円窓師匠(74)、三遊亭円丈師匠(70)の
「どちらが七代目 円生 を襲名によるかが原因と言われる不仲説もウソ!」

2011年春に、上野末広亭で圓窓師匠と円丈師匠お二人だけによる
東日本大震災チャリティー寄席にも私は行きました。

両師匠ともに、復興支援したいとの思いでした。
現地では歌手による歌は聞けるかも知れない。
しかし、落語は落ち着いて聴き手が自身の頭の中で想像を膨らます世界。
被災された方のお気持ちはそんな落語を聴くまで落ち着かれていないからとのお考えで
上野末広亭のご協力もあり、この落語会が行われたのでした。

不仲説の流れるこのお二人の師匠だけの落語会ならば、お客様も沢山来ていただけて
木戸銭(寄席の入場料)も、全て寄付でしたし、師匠自ら募金箱をお持ちになり
募金を入り口に立ち募っておりました。

もちろん、そんな不仲説の二人会を観たくて来たお客様への
「楽屋は一緒だから、熱いお茶の掛け合いがありました」とリップサービスもありました。

でも内容は、普通の落語でございましたし、お客様も皆さん楽しまれておりました。



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今回の記事が出たのは、
・六代目の命日であるこの日に落語会があったこと。
・会を企画した孫弟子の三遊亭円楽(元 楽太郎)師匠であったこと。


そうです、三遊亭円楽の話題作りです。
まあ、芸能界なんてほとんどがそんなようなものですが、この件をぶり返すことについては
正直いただけませんし、見損ないました。

もしかしたら、今後、六代目円生の弟子で七代目襲名を争ったと言われる3人の師匠に
万が一のことがあった場合、今回のこの記事の出元である三遊亭円楽が何らかの行動にでる可能性
があることが予測がついてしまいました。

私自身、いろいろな落語の師匠と交流がありますが、正直、なんだこの人と思う方もいます。
「師匠」がつけば人格者かと言えば、全く違います。
しかし、三遊亭円窓師匠も、三遊亭円丈師匠も大変な人格者なお方達です。
お二人の人間性には大変尊敬申し上げております。

新聞記事や噂話を信じるか、実際に交流がある者が知り得たる話のどちらを信じるかは
お任せいたします。

人間、職種は違えど、どこでどうつながっているかなんてわかりません、はい。



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